平成24年2月29日
群馬大学教育学部 久田信行
発達障害幼児の出現率については、種々の議論はあるが、実証的な研究となると非常に少なく、また、その方法に問題もある。
まず、結論的に言うと、大神(2008年)のコホート研究(ある地域に産まれた子ども全員の発達を追跡調査した研究)のデータが恐らく、世界的にも最も信頼できるデータと推察される。その18か月における出現率を表1に示す。
表1 |
糸島プロジェクト18か月 |
|
定型発達 |
1388人 |
95.66% |
PDD |
10人 |
0.69% |
HFPDD |
5人 |
0.34% |
ADHD |
3人 |
0.21% |
LD疑い |
2人 |
0.14% |
知的障害 |
14人 |
0.96% |
その他 |
29人 |
2.00% |
障害児 |
63人 |
4.34% |
合計 |
1451人 |
100.00% |
注)転入者を除いている。
出典:大神英裕著2008年 発達障害の早期支援―研究と実践を紡ぐ新しい地域連携―,ミネルヴァ書房.
LDについては、就学後など教科学習に本格的に取り組むようになって問題が顕在化するため、「疑い」となっており、かつ、出現頻度も低いものと推察される。
この研究では、1歳半までに、5歳時点で問題となる幼児は(転入者を除いて)全数把握しており、5歳時点での出現率については上記のようなリストを見つけられなかった。
なぜ、このデータが最も信頼できるかというと、もともとが乳幼児健診と結びついた形で実施された研究で、同時に『共同注意』という、自閉症児の初期発達に関して、世界的にも注目されている現象に焦点を当てた発達研究であるからである。同時に、発達の評価や支援の方法が科学的で、統計的にもしっかりしているという方法論上の確実さがある。例えば、この研究では、生後5〜6か月からの評価がほぼ全員について継続的に行われ、かつ、いわゆる発達障害の診断についてはわが国を代表する小児精神科医の診断を受けているなど、診断面での確度も非常に高い研究である。
この研究の結果、1歳半時点でのいわゆる発達障害児(PDD,HFPDD,ADHD,LD疑い)の出現頻度は1.38%である。厚生労働省研究班の軽度知的障害も含めた範囲を参考にすると、この研究では知的障害を加えて2.34%、その他の障害を加えて4.34%という数値になる。
この研究について国際的な評価は非常に高く、種々の影響を与えている。
大神(2008)らの研究に比べて、厚生労働省の研究班の研究は一見大規模だが、実は調べた人数も頻度も期間も含めて検討すると相対的に規模が小さな研究で、方法の上でも確度がかなり低くなる。しかし、いろいろな場面で引用されやすい研究であるので、以下に紹介し、問題点もあわせて記しておく。
この中に、発達障害幼児の出現率を推察する上で2つの研究が含まれている。一つは神尾班による1歳半の時点での広汎性発達障害の出現率の調査で、もう一つは、小枝班の3歳および5歳時の軽度発達障害児の出現率の調査である。
要約的に述べると、1歳半健診で317名のうちPDDと判断された事例が5名、1.6%だった。というものである。大神とも共同研究をしているバーロンコーエンが開発した『共同注意』の発達を中心とした自閉症チェックリスト(M-CAT)を用いた調査である。317名から、3段階で4名の広汎性発達障害児(PDD)を抽出し、他で診断された1名を加えて、5名なので5/317すなわち1.6%の出現率としている。
問題は、2段階目である。第1段階で、M-CATでスクリーニングして60名の要精査の群を抽出したが、そのうち20名は連絡が取れず、3名は協力を得られなかった。3段階目で、その残りから4名をPDDと診断したのである。約1/3が未確認となると、未確認の中にも同じ比率で出現していたと推計する方が自然であり、そうだとすると6.5人(2.05%)になってしまう。さらに、3段階で、急に他で診断した1名が加えられており、統計的な調査としては杜撰と言わざるを得ない。
小枝の「軽度発達障害」概念に関する論述(文末にリンク)は、論理的で非常に説得力があると思う。是非、熟読されたい。
さて、このプロジェクトでは、軽度発達障害を次の4つの状態像を総称するものとしている。
1.学習障害
2.注意欠陥/多動性障害(ADHD)
3.高機能自閉症やアスペルガー症候群を包含する高機能広汎性発達障害(HFPDD)
4.軽度知的障害
文科省では、従来、LD,ADHD,高機能自閉症児と言っていたので、それよりも軽度知的障害が加わっていて、卓見であると思う。(文末参照)
3歳児については、以下の5項目を観点に3歳児健診で調査を行っている。
1.多動性 一般の3歳児でも50%を越える
2.旺盛な好奇心 一般の3歳児でも50%を越える
3.破壊的な関わり
4.不適切な関わり
5.強い癇癪
結果は、ADHDなどの幼児がこれらの項目で高得点をあげているが、同時に多動性と旺盛な好奇心は一般の3歳児でも50%を越える値を出しており、この研究の要約では3歳児のなかでどれくらいの頻度が軽度発達障害児であるかを示していない。恐らく、この試みでは軽度発達障害児を抽出できなかったものと推察される。
鳥取県で行われた5歳児健診での調査では、以下の出現率が挙げられている。
表2 鳥取県での5歳児健診における出現率
ADHD(疑い含む) |
37 |
名 |
3.6 |
% |
|
PDD(疑い含む) |
19 |
名 |
1.9 |
% |
|
学習障害(疑い含む) |
1 |
名 |
0.1 |
% |
|
境界域の知的発達あるいは軽度精神遅滞が疑われる |
37 |
名 |
3.6 |
% |
|
合計 |
94 |
名 |
9.3 |
% |
|
表3 試算 |
|||||
LD,ADHD,PDD |
57 |
名 |
5.6 |
% |
|
「栃木県の5歳児健診(1056名)でも8.2%という出現頻度であった。また、こうした児の半数以上が、3歳児健診では何ら発達上の問題を指摘されていなかった。」と述べ、5歳児健診の必要性を強調した報告となっている。
これらのデータが、1000人以上を小児科医が実際にみて調べたもので、価値があると評価しているが、疑いを含む診断ばかりで、どの程度が疑いを除いた数値なのかも明らかでない。疑いを含むと但し書きをしていても、9.3%という数値だけが独り歩きをするのは火を見るより明らかであり、せめて疑いの部分がどのくらいかは明らかにされたいところである。
表3は、筆者が表2からLD, ADHD, PDD (疑い含む) の出現率を試算したものである。知的障害を除くと5.6%となる。
これらは、文科省の6.3%という(独り歩きしている)数値に近いといえば近いが、いわゆる発達障害児は、その状態像から、加齢と共に出現率が低下する傾向があると推定されるので、幼児期はもっと高い値が予想される。その意味では、9.3%はある意味いい値である。
しかし、「糸島プロジェクト」では、3歳時にほぼ全数を把握していたという精度に比べて、小枝班の報告は、5歳児健診で小児科医が疑わしい幼児をこれだけ見つけましたというだけの情報で、確たる出現頻度の調査とは言い難い。
3歳時の調査が難しいというのは、大ぐくりの観点を示しただけの調査なので、定型発達をしている子どもと区別がつかなかったものと推察される。少なくとも神尾班では1歳半でも何らかの区別が出来たわけなので、3歳では区別できないで5歳だと区別できるという結果は納得し難い。もし、それが言えるならば、「軽度発達障害」は生まれつきの脳機能の障害ではなくて、生まれてからの経験が原因の障害という事になるのではなかろうか?
最後に、「糸島プロジェクト」の数値は、低すぎるという感想をもつ方が多いと思う。これは、あくまで、個人的な印象である。今日の入門書やマスコミの情報でいう「相場」と乖離しているという印象である事を認識する必要がある。昔、自閉症児の疫学調査が英国で行われて、その時点では1万人に3〜4人という数値が出た。それを読んで、筆者も「少ないな」という「印象」を受けた。厳密に定義して詳しく調べると、臨床的・実践的印象よりも少なくなるのは当然である。なぜなら、実践的には自閉症と自閉的傾向などがない交ぜになって、何となくの量的イメージを得ているからである。例えば、脳性まひ児やダウン症児は、沢山居る印象だが、その出現頻度は約1000人ひとりの割合である。また、特別支援学校に在籍している児童生徒は学齢児の0.6%である。それに比べると、「糸島プロジェクト」の発達障害1.38%、障害児4.3%は随分多い数字である。
このデータは、平成14年の文科省の6.3%が高すぎることを示唆しているものと思われる。特別支援学級設置校長会の調査でも平成22年度の小学校合計845校の通常の学級に在籍する児童(284,968名)の中、11,202名が発達障害児と見做され、その在籍率は3.9%であった(資料[1])。
このように、必ずしも6.3%は絶対的な数値ではないことを銘記する必要があるだろう。特に、年齢によって変わってくる現象だけに、平成24年に再調査が計画されている再調査では、少なくとも学年別の出現率を出して頂きたい[2]。
「軽度発達障害」という用語の背景 小枝先生のまとめから
[1]資料 「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」協力者会議 資料7 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/089/shiryo/attach/1315881.htm