−特別支援教育の対象者−
群馬大学教育学部 久田 信行
特別支援教育というと「LD,ADHD,高機能自閉症児等」ということが決まり文句のようになっていましたが、平成19年3月15日に、文部科学省は呼称の変更に関する通知を出しました。元々特別支援教育の対象者については、誤解ないし曲解があったと思います。ここでは、誤解の整理と、その変更の意義を検討します。
特別支援教育の対象者に関しては、最初から「従来の特殊教育の対象者に加えて」という記述がありました。「LD,ADHD,高機能自閉症児等」は、対象を広げる際の、例示としてあげられていた訳です。
しかし、「LD,ADHD,高機能自閉症児等」の「等」はアスペルガー症候群だなどという解説がまかり通るなど、解釈は混乱していたと思います。上記の一群の対象に関する記載なら、本来「等」は、「その他の、特別な支援が必要な幼児・児童・生徒」であるでしょう。
少なくとも、「LD,ADHD」の考え方は、「脳障害児」という1940年代の対象児をルーツにもつ子どもたちですので、「運動機能の特異的発達障害」あるいは「発達性協調運動障害DCD」と呼ばれる不器用なタイプの子どもが、いわゆる脳障害児のタイプとしては抜けていたので、それを入れる方がベターだと考えられます。高機能自閉症の一部と考えられるアスペルガー症候群(DSM-Wだとアスペルガー障害)を「等」とするのは、論理的に整合性を欠くと思っていました。
そもそも、新たに加えられた子どもたちのイメージが「学習障害等」という所から出発したのは歴史的成り行きですが、学習障害が強調されすぎたきらいはあるでしょう。
閑話休題、特別支援教育の対象者の中核は、「従来の特殊教育の対象者」であったことを、明確に確認する必要があります。
すなわち、視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱という現在の特別支援学校の主たる対象者、さらには、言語障害、情緒障害その他の従来の特殊学級の対象者がまず特別支援教育の対象者なのです。
それに加えて、どのような子どもたちが加えられたかという論議である訳です。
従来の特殊学級の対象児を忘れたかのような「特別支援教育」の論議は、非常に問題が大きかったと思います。
特別な支援を行う対象者をどう定めるか、という問題は、特別支援教育とは何かという問題と深く関わっています。特別支援教育という概念や考え方の大元を吟味することなく、表面的に答申や報告書を読んでいると、一応プロの研究者でも間違いを生じるのではないでしょうか?
ここでは、本質論は、ひとまず置いて、対象者の問題について述べて参ります。
「LD,ADHD,高機能自閉症児等」という表現や「軽度発達障害」という用語が指し示していた範囲は、通常の学級にいる子どもたちです。特に知的障害のある子どもたちを除外して、「LD,ADHD,高機能自閉症児等」と言っていた面があります。
明確にそう規定されていた訳ではありませんが、二つの理由から、ある意味では、暗黙にそう受け取られていたのです。第一に、「LD,ADHD,高機能自閉症児等」の定義で、いずれも脳の機能障害が原因と推定され、かつ、知的障害ではないと規定されていることがあげられます。第二に、特別支援教育への変革の序章であった「通級学級に関する調査 研究協力者会議」(山口
薫 座長)で、明確に知的障害は通級の対象から除外された点があげられます。その際、知的障害のある子どもについては、原則として養護学校か固定式の特殊学級で措置されることになっていたため、その制度を崩さないという考えがベースになって、知的障害は通級の対象から除外され、学習障害は将来の含みを残しながら、ペンディングになったと解釈できます(「通級による指導に関する充実方策について(審議のまとめ) 」平成4年3月30日、1992)。
「学校教育法等の一部を改正する法律」が平成18年6月15日に成立しましたが、その中には「LD, ADHD, 高機能自閉症児等」はおろか「学習障害」という表現もありません。「教育上特別の支援を必要とする児童、生徒及び幼児」と書かれており、診断名で規定されてはいないのです。
平成18年7月18日の「特別支援教育の推進のための学校教育法等の一部改正について(通知)」においても同様です。
平成19年3月15日に文部科学省特別支援教育課は「『発達障害』の用語の使用について」という通知を出しました。その中で、問題の多かった「軽度発達障害」という用語を用いないだけではなく、今まで多用していた「LD,ADHD,高機能自閉症児等」という表現も原則使わないこととし、代わりに「発達障害」という用語を、発達障害者支援法の規定に基づいて使うと宣言しました。また、同じ特別支援教育課のホームページには発達障害支援法の「発達障害」の規程が丁寧に書かれています。
要約的に紹介すると、発達障害者支援法の第二条に発達障害者の定義があり、そこには広汎性発達障害(当然、自閉症を含む)と学習障害、注意欠陥多動性障害があげられています。更に、政令に規定する障害という文言があります。それを受けて、同施行規則(政令)では、言語の障害と協調運動の障害があげられ、更に厚生労働省令で規定する障害という文言があります。
政令で規定された範囲についても、言語障害や発達性協調運動障害が加わり、特に言語障害は非常に数が多いだけでなく、原因が多岐にわたるため、いろいろな問題が絡んでくることが予測されます。(だからといって、悪いわけではないが)。
その次に、いよいよ厚生労働省令の規程を読んでみると、実に多様な障害があげられています。なんと心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害があげられているのです。
その解説として、文部科学省の別紙2には※<文部科学事務次官・厚生労働事務次官通知>という注が書かれ、「法の対象となる障害は、脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち、ICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)における「心理的発達の障害(F80−F89)」及び「小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害(F90-F98)」に含まれる障害であること。なおてんかんなどの中枢神経系の疾患脳外傷や脳血管障害の後遺症が上記の障害を伴うものである場合においても、法の対象とするものである。」と書かれています。
「心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害」が何であるか、別紙5にリスト「ICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)(抄)」があげられています。核心部分なので、再掲すると以下のリスト様になります。なお、このリストのF8とF9の位置づけは、東広島市にある賀茂精神医療センターの第V章(F)「精神及び行動の障害」をご覧下さい。
下記の分類は、診断名のリストなので、どのような状態(症状)なのか分かりません。個々の意味は、それぞれ医学部などのホームページや論文などから検索してください。(以前は、ICD-10の解説を掲載したHPが有りましたが、現在リンク先で掲載を中止されており、この HPでもリンクを削除しました。)最も詳しくは、「ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン」(2005年)医学書院 をご覧ください。
別紙5 |
|
・F80 |
会話及び言語の特異的発達障害
|
||||||||||||||||
・F81 |
学習能力の特異的発達障害
|
||||||||||||||||
・F82 |
運動機能の特異的発達障害 |
||||||||||||||||
・F83 |
混合性特異的発達障害 |
||||||||||||||||
・F84 |
広汎性発達障害
|
||||||||||||||||
・F88 |
その他の心理的発達障害 |
||||||||||||||||
・F89 |
詳細不明の心理的発達障害 |
|
・F90 |
多動性障害
|
||||||||||||||||||
・F91 |
行為障害
|
||||||||||||||||||
・F92 |
行為及び情緒の混合性障害
|
||||||||||||||||||
・F93 |
小児<児童>期に特異的に発症する情緒障害
|
||||||||||||||||||
・F94 |
小児<児童>期及び青年期に特異的に発症する社会的機能の障害
|
||||||||||||||||||
・F95 |
チック障害
|
||||||||||||||||||
・F98 |
小児<児童>期及び青年期に通常発症するその他の行動及び情緒の障害
|
19年度から対象者の範囲が広がった?
以上のように、情緒障害学級の先生方にとっては馴染みのある診断名が並んでいると思います。また、これらの障害が発達障害者支援法にたびたび出てくる「脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」に該当するか否か疑問に思われるでしょう。私も疑問なのですが、まだ、なぜなのか分かりません。少なくとも、従来、情緒障害として心理的問題の影響で発症すると考えられてきたものがかなり入っているとは言えるでしょう。
また、従来の特殊学級の対象児とダブル部分もありますが、多くは以前から「LD、ADHD、高機能自閉症等」と表現していた障害の範囲に情緒障害を加えた範囲と考えられるのではないでしょうか?正直言って、一緒にして良いのか疑問です。
また、脳性まひやてんかんをも含むアメリカの発達障害者の範囲とかなり異なっているのも注意すべき点です。
あえてお名前は伏せますが、文部科学省の関係者の方から見解を伺う機会がありました。その概略を紹介します。
まとめは筆者の責任ですので、文科省の正式見解とは誤解なさらぬようお願いします。しかし、今後の論議の参考にはなると思います。【 】内は筆者の解説。
○ 今回の通知は、論議を整理したもので、WHOのICD-10のF8,F9の内容は、従来の特殊教育の対象に、LD, ADHD, 高機能自閉症を加えたものである。【知的障害を伴う自閉症は知的障害として、特殊学級の対象児であった】。
○ 言語障害はことばの教室等の対象児だったし、緘黙などは情緒障害教育の対象児だった。
○ したがって、中身を変えた訳ではない。
○ 少し合わないのは「行為障害」の部分。【この点を十分に問い直していないので、憶測で語ると、従来の生徒指導の対象とダブルので、簡単に特別支援教育の対象とは言えないのかもしれない。いずれにせよ、行為障害については限定的になるものと思われる】
【以上の見解は、一応それらしく聞こえる。場面緘黙児で情緒障害教育の対象児として教育的支援を受けていた児童・生徒は、確かに居るが、支援を受けていなかった児童・生徒がかなり居たことも事実である。そのため、今回の改訂は、場面緘黙児、吃音児、神経症の子どもなど、対象を広げる結果になる大きな修正と筆者には思えてならない。
この改訂が、特別な支援を必要とする児童・生徒に、特別な支援が行われる端緒になることを期待している。また、「脳障害児」という1940年代の対象児をルーツにもつ子どもたちだけでなく、他の特別な支援を必要としている子どもたちへと拡がることのきっかけになることも期待している。】
この通知は読もう
最後に、くどいようですが、読んでいない方は、是非、前述の文部科学省特別支援教育課が出した「『発達障害』の用語の使用について」という通知をお読み下さい。
以上の、記事とリンク先の情報を読んで、感想や疑問が多数あると思います。
ご意見、ご質問を久田hisata@gunma-u.ac.jp宛に(@を@に換えて)お送り下さい。題名は「発達障害」(お名前)として下さい。
出来るだけお答えしたいと思いますが、内容によってはお答え出来ないこともあると思います。また、お返事が遅れることもあると思いますがご了承ください。(以上)
久田研究室へ戻る