「軽度発達障害」という用語に関連して小枝先生の文献を引用します。

 

第一章 軽度発達障害をめぐる諸問題

1.用語の説明と定義について

 まず「軽度発達障害」という用語について説明をしたいと思います。

 この用語は、ご存じのようにWHO(世界保健機構)が出しているICD-10や米国精神医学会が出しているDSM-VIといった診断の手引き書で定義されたものではありません。私が記憶する範囲や見聞してきた限りにおいて、最初に登場した文献や記録等について正確な情報がありません。おそらくある種の委員会で用語の概念や定義などについて議論され、そして使われ始めた用語ではないと思われます。誰がどのような意図をもって使い始めたのか、よく分からないままに使われ始め、やがて広まっていったということだと推測されます。

 私は平成13年度厚生労働科学研究において、いわゆる軽度発達障害児に焦点を当てた保健指導手引書を作成し、全国の都道府県と政令指定都市の乳幼児健診管轄部署へ送付しています。その手引書では、「軽度の発達障害」として注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、高機能広汎性発達障害(HFPDD)、軽度精神遅滞の4つの疾患が該当するとしました。「軽度の発達障害」と表記した理由は、あたかも「軽度発達障害」という一つのカテゴリがあるかのような表現は避けたかったからです。本冊子は、平成13年度に作成した手引書の続編ともいうべきものです。そして、いまや軽度発達障害という用語は本邦において広く使われている状況であると思われますので、本冊子では「軽度発達障害」という表記をさせて頂くこととしました。

 この用語は近年の特別支援教育の充実と歩調を合わせる形で使われるようになってきています。つまり、教育的な用語としては特別支援教育のなかで新たに取り入れられた枠組みを示す用語、あるいは通常学級に在籍している発達障害という意味に相当するのではないかと思われます。また、発達障害者支援法も軽度発達障害を意識して制定されたという経緯があります。つまり、福祉的な意味での軽度発達障害は、障害児者に対する福祉施策の狭間に存在していたという意味であると考えられるのです。したがって、上述した2つの立場では、軽度精神遅滞は軽度発達障害に含めないといことになるだろうと思われます。

 しかし、小児保健の視点でいえば、軽度精神遅滞幼児の診断確定は時期が難しく、保健指導上ではADHDLDHFPDDと同様に特別の注意をもって発見にあたらねばなりません。本研究により、3歳児健診を最終とする現行の乳幼児健診システムでは適切に発見することができていないというデータも得られています。軽度発達障害というカテゴリを作る意義が、就学前に気づき、就学後の不適応行動を最小限にとどめたいという点にあるとすれば、軽度精神遅滞を軽度発達障害からはずす理由は見当たりません。そこで本冊子では注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、高機能広汎性発達障害(HFPDD)、軽度精神遅滞の4つを軽度発達障害であると定義することとしました。  (以上)

 

研究開発プロジェクト「社会性の発達メカニズムの解明:自閉症スペクトラムと定型発達のコホート研究」(平成1621年度)研究成果報告書

<小枝班>「軽度発達障害児の早期発見と対応システムおよびそのマニュアル開発に関する研究」(9.90 MB)

 

 

2013年時点でのコメント

 小枝先生のまとめは、簡潔で、問題の所在を明確に整理されていると思います。ここでまとめられているように、「軽度発達障害」という名称は定義もあいまいで、「誰がどのような意図をもって使い始めたのか、よく分からないままに使われ始め、やがて広まっていった」ことばで、「あたかも『軽度発達障害』という一つのカテゴリがあるかのような表現は避けたかった」と語られているように色々問題のあることばです。平成193月に文科省は「軽度発達障害」なることばは用いないと宣言しましたが、ほぼ同じ問題が、今日の「発達障害」ということばにおいても存在すると思います。(久田)